富士山を守れ

富士山を守れ@
  富士山を守れとは、内藤成雄さんが作家・新田次郎から贈られた言葉である。
 78年頃のこと。新田次郎の原稿・富士山を守れが、内藤さんのもとにとどいた。地元のY新聞社からである。
 これには、次のような経緯があった。
 Y新聞社が富士山美化キャンペーンを計画し、新田次郎に原稿を依頼した。ところがその文中に----世界中に悪名を流した富士スバルライン・・・ニ合目から五合目にかけてのあの荒廃ぶりを見て、涙が出てしようがなかった----とあった。
 その激烈な文に驚いたデスクは、新田次郎に叱られながら原稿を書きかえてもらった。前稿を返却に行った社員を通して「返却に及ばず、この原稿は内藤先生に差し上げて下さい。」と後書され、内藤さんの元に届いた。内藤さんは宝蔵している。新田次郎は期待していたに違いない。内藤さんたちが立ち上げた自然保護団体「富士の環境を守る会」「吉田口登山道を守る会」の活動に…。
 内藤さんはこれらの運動にさらにいくつかの運動を織り交ぜて、新田次郎の死後、「富士こぶしの会」に発展させていった・(内藤成雄著「新田次郎の跫音」による)
 このシリーズは、富士山を守る運動についての内藤さんの実績や、筆者の感想を述べていく。

富士山を守れA
 
内藤成雄さんが、作家新田次郎から贈られた標題の原稿には、富士スバルラインの建設は合法的自然破壊だと書かれている。そして二合目から五合目にかけての荒廃ぶりを見て、富士山の自然が可愛そうでならなかったとも・・・。
 この道路の二合目から五合目までは、鳴沢村の域内にある。 山梨県営第一号の有料道路で全長29`余、64年4月に東京オリンピックに間に合わせて開通している(A)。この年に前年の3倍余の人を富士山に集めた。(B)。 このように観光目的につくられた富士スバルラインを、新田次郎は合法的自然破壊といった。内藤さんはいう。この道路沿いの樹木は百b以上にわたって枯死し、世界の学者・良識者から、人類が地球に対して犯した犯罪だとまで酷評された。四号目以上は今でも取り返しのつかない惨状で、復旧には数百年を要するだろう。さらに、それまでの歩いた吉田口登山道は、あっという間に荒廃して廃道化した。
(C) このような経緯を見て思うことは、「富士山を守れ」との新田次郎の言葉を実行するにはたいへんな困難を伴なうということである。
註 A・山梨百科事典
  B・富士吉田市史
  C・新田次郎の跫音

富士山を守れB
 
内藤成雄さんに、作家新田次郎から贈られた標題の原稿を紹介したら、読者から投稿があった。
 ----北麓漫歩の筆者は富士山の自然保護にどんな意見をお持ちか----
 今回は、内藤さんから離れ、筆者(写真)の考えを述べて投書に答えたい。富士山を守れというときに考えねばならないのは、富士山は誰のものかということ・・・。山頂とその周辺は某神社の所有地であると、最高裁の判決がでている。九合目から五合目の山小屋の敷地は、小屋の所有者の所有である。五合目の小御岳山台地の神社と売店がある場所は、それぞれの所有地である。それ以外の、九合目ぐらいから一合目ぐらいまでの北麓は、東半分は富士吉田市の、西半分は鳴沢村の所有地である。スバルラインは県有地であるが、その両側どの辺までか定かにしない。
 自然保護の責任者が誰であるか、筆者は専門知識がないので判断することはできない。保護責任について筆者が心得ているのは、五合目から九合目までにある私有地ではそれぞれの所有者が長年にわたって保護してきたという事実である。公有地については、県・市・村がどのような自然保護対策をとってきたのか、よくは知らない。筆者の考えでは、富士山を汚している人は他人の敷地を汚していることになる、ということを強調したい。

「富士山を守れ」C
 前回につづき、筆者の考えを述べる。富士山を守れ、と作家新田次郎が叫んだのは、誰に向かっての怒りの声だったのだろうか。
 富士山は国立公園である。自然公園法(写真)という法律によって、環境大臣が指定した。その公園の中に特別地域を指定し、さらにその中に特別保護地域を定めている。
 この特別保護地域内では、工作物を新築し、改築し、または増築するには・・・環境大臣の許可を受けなければならない。このほかに木竹の伐採鉱物・土石を採ることも大臣の許可が必要と定められている。新田次郎は現・気象庁の課長を務めたことがあるから、前期の法律にくわしかったであろう。だから、環境大臣が許可したことを頭に描いて「富士山を守れ」と叫んだにちがいない。このシリーズの@に引用したとおり・・・世界に悪名を流した富士スバルライン・・・という怒りの声だったのであろう。ではなぜ、この道路建設が許可されたのか、筆者にはその経緯をさぐる手段はない。今からでもおそくないから、真実をはっきりさせることは無意味ではない、と筆者は考えている。この道路が、観光客を富士山五合目に集めるために大きく貢献していることを承知しながらも。

「富士山を守れ」D
 筆者の考え(その3) 富士山を守れと言ったのは、作家・新田次郎のほかにもう一人いる。
 県・環境科学研究所の所長・荒牧重雄さん。広報・恩賜林19年1月号から引用する。
「いろいろ問題もあろうと思いますが、やはり自然保護・環境保全を最優先として、富士山を守って頂きたい。実はね、忍野辺りから富士山を眺めると、下山道のブル道が白く目立つのです。登山者にとっては有益でも、景観に影響するのはどうかと。
 富士山には三つある。北斎や広重の浮世絵に登場するうっすらとした遠景。富士五湖周辺からの中景。そして、登山者が向き合う近景。人間が手を入れる際には、その三つのどれに対しても悪い影響が出ないように配慮すべきだと思っている。人間の力強い開発は、思いもよらない影響を及ぼすこともある。それが後世に残ることもあるので、あえて警鐘を鳴らしたい。これは、誰が悪いという問題ではないし、簡単に解決できる名案もないのですがね。」
 富士山を守れという命題は、筆者が考えることとしては、あまりに重すぎる。それは、どのような立場に立つか、開発の側か、自然保護の側かという、選択の問題でもあるから・・・。

「富士山を守れ」E
 筆者の考え(おしまい) 作家・新田次郎は、富士スバルライン周辺の荒廃ぶりに涙を流し、環境研所長・荒牧重雄さんは忍野から見て下山道のブル道が白く目立つのが気にかかった。富士山の自然環境を守ることと、地域の観光開発をはかることと、このふたつを両立させる道はないか。
 ともいき…共生という言葉がある。浄土宗教師の小泉顕雄さんのことば(朝日07・03・18)
「法然上人によって開かれた浄土宗で、一番大切なキーワードは『共生』という言葉である。現代語で言えば、共生…きょうせいになる。(岩波国語辞典)異種の生物がいっしょになって、互いに相手を利用しながら生息する」。
 富士山に、もうつくってしまったスバルラインとブル道を、周囲の環境にとけこませる方法を探さなくてはならない。筆者が考えるに、富士山を守るための「ともいき」を実現させるためには、それなりの資金を必要とするであろう。その資金をどこから生み出すことができるか。その答えは、意外に近くにあるという気がする。

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