街の灯 〜地域を支える商店たち〜
 
2012.9月号

 創業は江戸時代の文政5年(1822年)。二百年もの歴史を持ち、今でも手染めの商品作りにこだわるのは富士吉田市の『山口染物店』。2年前からは六代目・信太郎さんが職人として、デザインから染め、縫製までをこなす。安価で時間もかからない、そんな印刷による競合品も多くなったが、歴代の家業である“手染め”に大きな魅力を感じている。扱うのは半纏やのぼり、幕に暖簾。デザインの要望を確認し、その要望通りに生地を染めてゆく。毎年火祭りの時期に半纏の注文が多くなる、というのも地域に密着している証しであろう。
 「印刷だとにじまないし線もきれいです。それでも職人の思いで質も変わる、そんな手作業ならではの仕事を大事にしたい。」と信太郎さん。完成までを自分達で行うので、商品の染まり具合や縫製の強度等も自分が納得できる状態まできっちり行う。これら手の温もりが伝わる仕事を続けてきたことが、同店の歴史を支えています。
 大量生産はできないが独自のものを作る。「手作りにしか出来ない」という魅力にこだわり、生地と染料に向き合い続けます。

山口染物店

山梨県富士吉田市上吉田1-10-20
0555-22-0002

 
2012.10月号
 42年前、小さな町に生まれた唯一の化粧品専門店。化粧そのものが普及せず、情報もなく、そして品質の関係で使い方が難しかった時代。使い方を聞きに来て、そのまま買うというお客様がほとんどだった。経済成長の入口にあった時代で景気も右肩上がり。新製品は発売と同時に売れ、大晦日は夜中まで対応していた年もあったといいます。
 「この町にないものを、と始めたお店。需要がある限り続けたい。」と創業者の渡辺真弓さん。現在は長男の奥様・英理さんと資生堂スタッフが中心となり、最新エステの導入など新しい需要を模索する。物が売れない時代だけに「地域におけるお店の役割は何か。」ということを常に意識していると言います。商品の配達や送迎なども顧客のほとんどが地元の方であればこそ。「いつも悪いね。」「たまにはお店に出ておいで。」といった、何気ない会話を楽しみにしている顔なじみも多い土地柄だ。
 来た時よりも笑顔になってもらうことが目標という同店。気軽に寄れる、お客さんの事をよく知っている、その人に合わせた提案ができる。商品ではない、細やかな対応こそ一番のセールスポイントだ。

YOUR SHISEIDOみつみ

山梨県南都留郡西桂町小沼1968-3
TEL&FAX 0555-25-2726


2012.11月号
 明治時代は渡し舟による人と物資の運搬を家業としていたというルーツを持つ。昭和3年に食料品の販売を開始し、現在は3代目の高田稔さんが歴史を受け継いでいる。地元の方の利用のほか、河口湖の観光が盛んになったことから業務用食材も扱うようになり、これらの取引の2本柱となっています。
 “良い品物をより安く”を掲げる同店は、地域密着というだけに地元のニーズはほぼ把握。お祭りや人寄せといった催事に不自由させないよう心掛けています。お祭りの際に母親とお嫁に行った娘さんがお店でばったり、というケースも高田屋ならではの風景。「この場合はだいたいお母さんが一緒にお支払していますね。」(笑)と高田さん。お店の棚を見ると地元である河口湖や富士山麓の豆腐や卵、野菜にお酒が並ぶ。ごぼうと煮て食べるイルカを見て、観光客が珍しがることもしばしば。「食料品店は地域の食生活、食文化を守る存在。」というのお店のこだわりが垣間見えます。地元の方が荷物が多くなった時は、自宅まで配達もします。利用してもらい感謝で返してゆくというスタイルを守り、今日も歴史を刻み続けています。 
総合食料品 高 田 屋

山梨県南都留郡富士河口湖町船津3860
TEL0555-72-1103


 
2012.12月号
 昭和33年に親が始めた宅配牛乳のお店。今も山梨県ブランド「武田牛乳」を看板に掲げています。店内にあるタイル張りの冷蔵庫。その中に書かれたチョーク書きの配達メモが当時の様子を連想させます。最盛期は朝4時に宅配をスタートし、その後大手企業での巡回販売、そして地域小売店への卸しをするのが主な日課だった。しかし情報管理や大型店の進出等で、企業内での販売や小売店への卸は減少。いわば逆風続きといえる状況の中それでも「楽しみに待っていてくれる配達先がある限り続けたい。」と店主・宮下さんは言います。
 紙パック主流の牛乳市場だが、宅配の主流はビン牛乳。他にコーヒー牛乳やフルーツ牛乳、そして黒酢飲料やコラーゲンなども希望に応じて宅配する。値段で言えばスーパーで売られている牛乳の方が安いが「こっちの方が旨いというお客さんもいるんです(笑)。」と宮下さん。現状は決して楽ではない。しかし牛乳宅配の魅力を自分達で考え続けるしかないとも言います。他業種からの宅配依頼も応じるなど業務の幅も広がっているなか、地域宅配店ならではの付加価値を今後も探っていくとのこと。
武田牛乳富士吉田販売所 山田屋牛乳店

山梨県富士吉田市上吉田2-11-1
0555-22-18773


 
2013.1月号
 御坂峠の開通に合わせ、昭和9年に誕生した『天下茶屋』。13年には太宰治が滞在したことでもお馴染みだ。甲府と郡内をつなぐ要衝であり多くの人が行き交った同茶屋も、昭和42年の新トンネル開通後に休業を余儀なくされた。昭和58年、父が築いた店を再建したのは2代目の外川満さん。「こんな良い所を再建しないのがおかしい。」と当時を振り返る。
 再建後も特にPRは行わず、自然のなりゆきにまかせている。「押し付ける楽しさではなく、ありのままでいい。」というのがその方針だ。一生懸命の方向を間違えないように、と外川さんは言います。その一生懸命が注がれるのは茶屋の名物「ほうとう」。地元の野菜で作る一品だ。食事は全部で3種、あとはおでんにいも団子とメニューは限定的。ふらっと立ち寄って景色を眺め、お腹がすいていれば食事を…ぐらいが丁度良いのだとか。
 元旦も営業しており、富士山を眺めて気分を新たにということで、普段より来客は多いことも。「注文通りの富士山」と表現された場所に寄り添う同茶屋。営業スタイルも含めて、このままの状態で子孫に継承して貰いたいというのが2代目の願いだ。
御坂峠 天下茶屋 

山梨県南都留郡富士河口湖町河口2739
0555-76-6659

 
2013.2月号
 江戸時代中期(1700年頃)に醤油醸造の蔵として創業。皇女和宮様の婚姻に沸く江戸末期(1850年)に16代当主が酒造りを開始。開運という名前もその婚姻に由来しており現在は『甲斐の開運』として親しまれています。酒造りの命である仕込み水には富士山の伏流水を使用。富士山の恵を酒造りに取り入れているのが大きな特徴だ。
 日本酒作りの現場を楽しんで欲しい、と始まった蔵開きも20回目となる。今年は2月9・10日の2日間。この日は近隣はもちろん関東一円から多くの愛飲家が蔵に集う。「同じ材料、同じ方法で造っても気候などで味が変わるのがお酒。昨年と比べて〜だね。」という会話が聞けるのも楽しいと21代当主・井出與五右衛門さんは言います。この日は江戸時代の建築物である奥座敷も見学可能。当日はご家族で遊びに来てはいかがですか。
 どんなに生活スタイルが変化しても、日本の美しい四季、そして気候に合うのは日本酒である。そんな信念のもと、守るべき伝統の技術と新しい感覚の調和を図りながら、「稲の国の稲のお酒」である日本酒の味を守っていく方針だ。 
甲斐の開運 井出醸造店 

山梨県南都留郡富士河口湖町船津8
0555-72-0006



2013年3月号
 忍野のSPARとして馴染みが深い同店。大手系列から独立した現在も、近所の方がそう呼ぶので、似たような店名を考えたと2代目社長の後藤義弘さんは言います。
 昭和24年に初代が野菜を扱うお店としてスタート。その後、生活に密着するものを中心に事業を拡大していった。運動会やお祭りなどの催事には需要も多く、地元で採れない野菜や卵などが重宝された。また代金として炭などを貰うケースもあったといいます。
 現在も扱う品目は多種多様。青果・精肉・鮮魚・酒類・惣菜。台所で必要な物はほぼ揃っています。しかしその一方で、より豊富な品揃えを誇る大型食品スーパーの影響も少なくありません。自分達が出来ることは何か。出てきた答えは、重いものの配達や来店時の会話、そしてお葬式など急な物入りの際の深夜早朝対応など、昔から当たり前のように続けてきたサービスだった。「地元だから冠婚葬祭に必要なものは分かる。」と後藤さん。財布を忘れてもすぐ届けられる、といった頼もしい答えも。ボチボチ来てもらって一言交わしてお買い物。そんな地元に必要とされるお店を心掛けたいとのこと。 
旧纉。義隆商店 スーパー内野店 

山梨県南都留郡忍野村内野281 0555-84-2048
営業時間/8:30〜20:30



2013年4月号
 創業は江戸時代(1864年)。瑞穂村(現在の富士吉田市富士見町)で産声をあげた同店は、端切れや小間物を扱う行商がそのルーツ。「商売なら本町」という賑わいを見せ始めた昭和時代に本町通りに出店。総合衣料店として日常の衣服や着物を扱うようになり、地元商店街の一角を担うようになります。ポイントカードが登場する前から『友の会』制度を導入し、常連様の利便向上を模索してきたと5代目の田辺作之社長は言います。
 郊外の新興店が台頭するなか「今でも商売を続けられるのは?」と常に考える。親子で通い続けてくれるお客様がいるのは、良い物を置くという姿勢が信用につながっているのではないかと田辺社長。婦人用のブラウスやスーツ、ジャケットは今でも産地である岐阜まで買い付けに行くほか、着物は洗い張りにも対応し、長く使うお客様の要望に応えています。またお子様用の布団も受注生産で取り揃えるなど力を入れています。「日本は物を捨てない文化。これからも長く使える物を扱いたい。」とのこと。今後も「売り手良し、買い手良し、世間良し」という言葉のように、バランスを意識した商売を心掛ける。
総合衣料 鰍ワるさくたなべ

山梨県富士吉田市下吉田2-3-17
0555-22-21210



2013年5月号
 弘法大師が訪れた際に岩清水が湧き出したという伝説がある硯水不動尊。この不動尊のお膝元に位置するのが富士吉田市の『不動湯』です。ここは大明見財産区議員により運営されている珍しいスタイルの温浴施設。最初はお風呂だけだったが、徐々にリニューアルされて、宿泊や食事といった施設の充実が図られてきました。
 湯治場としての歴史はさらに古く昔はもっと山里の場所にあり、小屋のような建物の中にドラム缶で沸かしたお風呂だったとのお話も。織物が盛んだった頃には、染料で傷んだ皮膚がこのお湯で良くなったという話が広まり、皮膚病に効能のある湯として今に至っています。現在では県外からも多くの方がこの湯を求めて足を運ぶ。湯巡りの愛好家はもちろん、アトピーなどの改善を目的とする人が多いのも特徴で、そのために一般浴室のほか治療専門浴室が男女一室づつ設置されています。
「これからも今の状態を維持していきたい。」とは代表者の桑原さんの弁。境内の硯水不動尊とともに皆で地区の財産を守ってゆくとのこと。大明見地区の住民は割安料金での入浴が可能です。
霊水旅館 不動湯

山梨県富士吉田市大明見4401
0555-23-9239

 
2013年 6月号
 富士河口湖町にある『深山商店』は明治5年に創業。商店というものが存在しなかった当時のこと。様々なものを扱うことで徐々に規模を拡大し、その後東京・深川に『兼久
国田屋 深山商店』を創立するまでになりました。2度の大戦や世界恐慌を乗り越えたほか、昭和24年の小立大火により店舗が全焼した際も3代目当主が復興に尽力。そして現在4代目の経営に至っています。 総合食料品店として生活雑貨から米、酒、タバコまで幅広く扱っています。大手スーパーの進出により売上減少が続いていますが、昔からの地元のお客様の支えが大きな力になっているとのこと。お客様の好意に甘えるのではなく、特色ある店作りをと現在推進しているのが、有機栽培等の自然食品を揃えた特選品。卵、手作り味噌、有機米、季節の野菜等々。7月初旬には契約農家からおいしい桃も届くほか、独自のカタログによりいつでも取り寄せ可能な特産品も多いとのこと。他にも、燃料部門を独立させた系列会社があり、薪などの自然エネルギーを利用する多機能型暖炉を主力に東京で事業を展開。歴史ある同社の底力を今も存分に発揮しています。
特選品が揃う総合食品売場 深山商店

山梨県富士河口湖町小立1909
TEL0555-73-1500 FAX0555-72-1717



2013年7月号
  「この店は主人が生まれた時にできたのよ。」と店番の刑部よしえさんは笑う。西裏と呼ばれる街の一角、月江寺通りに面する『月の江書店』から伝わってくるのは、昔から受け継がれる地域の温もりである「昔は本屋だけで十分に生活できたけど今はとてもとても…。」という言葉に現実がチラリ。勤め人のご主人・保人さんが週末の店番を担当し、平日はよしえさんが店番をする。自宅がそのままお店だからやっていけるが、子ども達に「後を継いで。」とは言いにくいとか。かつてはコミック誌の発売日ともなれば、多くの子どもが顔を出し、小さな店舗には絶えず人の出入りがあった。今は活字離れも進み、本を買う人も大型店や中古販売を利用する。小規模書店は苦戦を強いられているのが現状だ。しかし近年はこの懐かしい佇まいが観光スポットになり、撮影に使われたり観光客の姿も見かけるように。コミックと絵本、そして富士山関連の本を中心とした本当にこじんまりとしたお店だが、近所の子ども達がいつまでも来てくれる、そして子どもの成長や安全を見守るお店でありたいというのが、63年の歴史を刻む町の書店の心意気だ。
月の江書店

山梨県富士吉田市下吉田3-12-4 
TEL0555-22-0036
平日/9:00〜11:00 15:00〜20:00



2013年8月号
 「ありがとう」よりも「助かった」と言われることが多いと話すのは宮下鉄工所の宮下幹さん。ご近所には鍛冶屋という愛称で通っている。トラクターなど農機の部品や織機の修理など壊れたり磨耗した部品の再生や修理を頼まれることが多い。古い機械は交換用の部品が無いため、たった一つの部品の故障で機械そのものの買い替えを迫られる。そんな時こそ宮下さんの出番。磨耗した部品を再度肉付けし、旋盤で再び部品を削り出す。生まれ変わった部品を装着し機械が再び動き出すと、依頼者の口から冒頭の言葉が飛び出すのだ。
 父が始めて70年以上。織物全盛の時代に鍛冶屋は織機修理に欠かせない存在であり、明見だけで5軒は鍛冶屋があったとか。今はこういった仕事をするのは宮下さんぐらいとか。「何しろ仕事が無いからね。それに部品があるなら買った方がいい、と伝えます。」と笑う。しかし現実には「この機械が直らないと困る」とはるばる九州から依頼が来るケースもある。宮下さんには後継者がいない。70年以上地域の産業とともに歩んできたその技術。何とかして後世に伝えて貰いたいと願うばかりである。
宮下鉄工所

山梨県富士吉田市大明見473
TEL0555-23-8114



2013年9月号
 平成23年7月に富士吉田駅が富士山駅に改名。富士山頂に一番近い駅として、名実ともに富士山観光の窓口となった。
 昭和4年に大月〜富士吉田間を結ぶ鉄道が開通。その後昭和25年に富士吉田〜河口湖間が開通したことで観光客の移動手段として定着するようになった。「富士山麓は世界的なリゾート地なる。」という富士急行創業者・堀内良平翁の見込みから、当初は山中・御殿場方面や本栖湖・富士宮方面まで結ぶ壮大な計画だった。折からの昭和大恐慌や大戦勃発と様々な事態が重なり構想は実現しなかったが、世界遺産登録により同駅を中心とした富士五湖地域は今まさに世界の観光地となりつつある。
「昔は駅舎にあるテレビが見たくて遊びに行った。」と当時を知る社員は笑う。昭和50年にターミナルビルが完成すると家族でお出かけするスポットに様変わりと、時代により様々な役割を担ってきた。世界遺産登録を機にループバスの整備も行い、市内巡りや構成資産を巡るなど周辺地域へのアクセスが容易になった。富士山全体を楽しむ最初の起点というのが今後の同駅に期待される役割であろう。
富士山駅

TEL0555-22-7133
※土休日はおトクな大月往復きっぷを発売中



2013年10月号
 富士吉田市の本町通りと月江寺駅から富士吉田市役所を結ぶ中央通りが交わる界隈。喫茶店『野ばら』はいわば富士吉田市の中心地で今もその灯りを守っている。
 産声を上げた42年前は社会全体の景気が上向いていた時代。たくさんのレコードを揃えてお客さんのリクエスト曲を流したり、ギャラリーとして作家の作品を展示したりと、時代の要求に合わせながら歴史を重ねてきた。「忙しい人が多いね。喫茶店でゆっくりコーヒーを、という人は少なくなった。」とマスターは苦笑。今は店主と同世代に当たる昭和20年代生まれの常連達が、一杯350円のコーヒーを飲みながらおしゃべりや打合わせの場に利用している。「毎月自分達の趣味の写真や作品をお店に展示してもらっている。」というのは常連さんの一人。10月1日より同店で開催される『富士山に似た石の展示会』に向けて準備の真っ最中。「歩く人が少なくなったこの周辺に少しでも賑わいを!」と、その思いを語る。
 地元の方が来店し、地元の方によって味わいを深めていく。いつまでもこんなお店が残る街であって欲しい。
喫茶 野ばら

富士吉田市下吉田3-19-7
TEL0555-22-0552



 
2013年11月号
 昭和28年に精肉を中心としたスーパーとしてスタートした『丸一高村本店』。昭和49年に自ら養豚事業を始めたことが他店との差別化につながっている。美味しい豚肉をいつも店頭に並べたい、と始まった養豚事業。その後、丹精込めて育てた豚の肉は無駄なく活用したいと考え、ハムやソーセージの製造も着手。こうして始まった自家製オリジナルソーセージがドイツ国際食肉コンテスト(SUFFA2008)で多くの賞を獲得したことで同店のソーセージはその評価を不動のものにした。
「それでもお客さんの多くは別荘も含めた地元の方です。初代はどんな雪でも連絡があれば配達に行ったので、その信頼関係が今も続いています。」と言うのは三代目の高村元康さん。二代目の照巳さんは養豚に最適な富士の伏流水が流れる富士ヶ嶺の地に新たな養豚事業の場を求めた。歴代の積み重ねが同社の歴史を支えている。大量生産に走らず昔からやっていることを大切にする。その理念の中で新しい商品を試したいと元康さん。まもなく贈答向けの商品作りで忙しくなる季節。「地域の方が使ってくれるのが一番嬉しい。」という言葉からその重みが伝わる。
有限会社 丸一高村本店

山梨県南都留郡山中湖村山中708
TEL0555-62-1129


 
2013年12月号
 毎日食卓に上がる一杯の味噌汁。この地域のおふくろの味を支えてきたのが、『遠藤商店』の歴史だと三代目の遠藤修さんは言う。静岡出身の初代が行商で売りに来ていた削り節や海苔などの乾物。富士吉田の地で店が開けたのも、これらの物資を必要とする地域の方たちの支援が背景にあったからだ。昆布や魚介の削り節、干椎茸などいわゆるダシの素材を数多く揃えるほか、珍味なども加えて年間で千を越える商品を扱う。お酒のおつまみを、というお客様も増えたが、やはり珍味というより乾物屋という自負を意識しているといいます。
 「ダシは日本の食文化を支える重要な要素。味噌汁や冷奴、おひたしに乗せるカツオ節など、日本の食の風景に乾物は欠かせない。」と遠藤さん。同時に、これらの産物を作る生産者と食卓を結ぶのも自分たちの重要な役割だとも語る。
 今月14・15日は恒例の大売出し。年末を控え、贈答品や来客のもてなしのため、乾物の需要が高まる時期だ。味に深みを加える自然の調味料。そんな乾物を通じて地域の食文化を守り、近所のお母さん達が集まる場所でありたいと考えている。
海産物・珍味専門店 遠藤商店店

山梨県富士吉田市ときわ台2-1-19
TEL0555-22-1745

 
2014年1月号
 昨年9月にリニューアルオープンを果たした富士吉田市にある家具&雑貨のお店『ロンタン』。昭和4年開業の老舗・大星家具店が運営する同店は、生活に寄り添う道具を扱ってきたという伝統を受け継ぎながらも、同時に時代ごとに変化する趣向を取り入れてきました。
 フランス語で「長い間」を意味する店名。末永く皆さんの暮らしに寄り添っていける衣と住をという思いを込めて揃えられた暮らしの道具は「シンプル」「上質」「地域の象徴」という3点が重要な要素。「長く大切に使ってもらうことで、さらに味わいが深まる商品を。」と言うのが、商品を選ぶ上での重要な関せプトだ。生活に欠かせないものであり、かつ生活と心に豊かさを与える。こんな商品を探して多くのお客さんがお店に足を運んでいます。
 雑貨と家具に加えて、今では地元のメーカーが手掛けた洋服もお店に並ぶのが昔と違うところ。家具選びも自分たちの好みで素材を組み合わせることができるセミオーダータイプが人気だとか。時代に合わせて商品は変わる。しかしこの場所にこの店がずっとあるという歴史はいつまでも続いて欲しい。
雑貨&家具 ロンタン

山梨県富士吉田市下吉田3-12-54
TEL0555-22-0400

 
2014年2月号
 「音を聞けばどこが調子悪いのかほぼ分かるよ」。そう笑うのは富士吉田市でミシンを専門に扱う泣tジブラザー代表のの朝原茂さん。ブラザーミシンの直営店に勤務し、平成6年に独立。ミシンとの付き合いは45年にも及ぶ。昭和20年代のミシンは生活の必需品であり、結婚と同時に女性はみんな購入し、そして高級品だった。
 作らずともお店で何でも購入でき、また女性も忙しくなるにつれてミシンの需要は減少。好きだから使う人とほぼ使わない人で二極化しているのが現状だ。業務の中心は販売よりも工業用ミシンの修理へ。お店の一角に常備された部品や工具がそれを物語る。かなり年代物のミシンが持ち込まれることもあるが、ほとんど対応可能で家電店から紹介されて来る方も多い。まさにミシン分野のプロといった存在だ。
「忙しくても子供の道具を手作りしたくて。」という若いお母さんの来店にホッとする。こういう方がいるうちは、まだまだ必要とされる時もあるだろう。いざという時にすぐ対応できることこそ、地域密着店の一番の強みと考えている。
ミシン販売・修理 泣tジブラザー

山梨県富士吉田市上吉田3-14-7
TEL0555-24-2200


 
2014年3月号
 母親が日用品のお店として始めたのが昭和31年。富士吉田市よりも多くの物品が揃うと言われた当時の船津界隈。実際にたくさんの人が歩いていたと『おもちゃのトミブン』2代目の梶原守夫さんは当時を振り返る。
 メンコや太鼓、ブリキの玩具などを扱っていたが、お店の移転を機におもちゃ専門店へ。商品もテレビで放映された戦隊ものやキャンデイ・キャンデイ等のキャラクター製品が主流になった。昭和50年代のガンダムブーム以降、地道に「ガンプラ」の品揃えを継続。現在、常時三百種類、気が付くと県外からもお客さんが訪れるお店になった。「特に男性は子供心を持っているみたいですね。」と梶原さん。子供の時に熱中した趣味を再び楽しむ方も多いとか。他にもお店が力を入れるのはトミカとモデルガン。お店を訪れる方も“その分野が好き”という方に特化されている。
「規模では大きいお店にはかなわない。個人店は個人のお客様を拾っていくしかない。」という梶原さん。もちろんおもちゃ屋の主役はいつの時代も子供達。今はカードゲームが人気とのこと。
おもちゃ トミブン

山梨県南都留郡富士河口湖町船津3807
TEL0555-72-0439


 
2014年4月号
 年季の入った大きな精米機の前で、お米に目を配る後藤米穀店の店主・後藤龍二さん。曾祖父が始めたというこのお店。働き始めたのは20歳の時だ。自分と同じぐらいの経歴だという精米機の圧力をお米の質や乾燥状態に応じて微調整していく。今や全自動のコイン精米機も多くなったが、「ここで頼んだほうが美味しい。」という多くの常連客に支えられている。
 お米の一大生産地だった忍野も時代の変化で生産量は低下。「温暖化で今の方がおいしいお米が育つだけに残念。」と後藤さんは言う。村の仕事だけで十分だった昔と違い、今は村外のお客さんにも対応。近年はNPO法人などが、自分達で育てたお米を持ち込むことも多い。玄米で食べたい、五分ぐらいの精米で、という細かな要望が出てきたのも現代ならでは。他にも蕎麦、小麦、お米の製粉も10キロから対応するので、紹介を受けて遠方からわざわざ来るお客さんも多い。
 毎日の食卓に密接している仕事という認識は常にある。美味しいお米を食べる、そんな当たり前を支え続けてきた地域の貴重な存在である。
後藤米穀店

山梨県南都留郡忍野村内野609番地
TEL0555-84-2016


 
2014年5月号
 古くからの商店が並ぶ富士吉田市本町通り。クリスマスなどには車が列を作るのも風物詩と言えるお店が『TORAYA』だ。
 昭和10年に初代・田中寅松さんが始めた当時は和菓子とパンのお店。パンを作るお店は当時とても珍しく、終戦後に進駐してきた米軍の要請を受けて、パンを焼いていたこともあるとか。この初代から「これからの時代はケーキ。」と言われ東京に修行に出たのが現在の2代目。当時はガチャマンを迎えた富士吉田市の黄金期だが、それでもケーキはまだまだ珍しい存在だった。同店のケーキが少しずつ地域に浸透するなかで、徐々に洋菓子専門店へと変化。唯一の和菓子店の名残なのが「最中」。皮のパリパリした食感を残すため、注文があってから餡を挟むこの名物は、ショーケースに並べない現在もお馴染みさんが2つ3つといった単位で買っていくロングセラーだ。
 日本人が好きなイチゴショート。だから2代目は生クリームとスポンジにこだわってきた。嬉しい時、お祝いの時に来てもらえる仕事であり、これからも「好き」と言ってもらえる味を守る。
TORAYA

山梨県富士吉田市下吉田3-1-5
TEL0555-23-5277


 
2014年6月号
 富士吉田市のおひめ坂通り。道沿いを走ると目にする「たまご屋」の看板こそ鰹ャ林の目印だ。
 昭和28年に創業した同社は仕入れによる卵の販売により事業をスタート。昭和47年から忍野村や鳴沢村で自社農場による卵の生産も行っている。わかめや昆布、カキ殻など、こだわりの飼料と富士山麓の水。恵まれた環境で育った同社の卵は「北富士のたまご」というブランドで多くのスーパーに出荷されている。
 そんな同社がこの春より力を注ぐのが、農場から直送された「朝採り卵」の直売だ。きっかけとなったのは今年2月の大雪害。交通手段が閉ざされたなか、地域の方が連絡を取りながら同社を訪れて卵を購入した。「社屋にもダメージを受けたが、それ以上に地域のお客様と向き合うという大切さを考える機会となった。」とは代表取締役・小林博正さんの弁。朝8時に営業が始まる同社の直売では、サイズ等で規格外となった良品卵やお馴染みの煮卵も販売。注目の朝採り卵が並ぶのは昼12時頃で1個から販売可能。コンテストでは金賞も獲得した老舗企業の新鮮卵。ぜひご賞味あれ。
株式会社 小林

山梨県富士吉田市竜ヶ丘2-3-16
TEL0555-22-3252


2014年7月号
 「お風呂にすれば良い」。湧水をたたえた池を見た高僧の一言により誕生したと伝えられるのは、富士吉田市の葭之池温泉。安政3年創業で今年は158年目。今は5代目の渡邊明さんがその歴史を引き継いでいる。昔は湯治場として宿泊しながら病や怪我の治療に利用された。今は日帰りのお客さんが大半を占める。巨大な入浴施設があちこちに誕生するなか、こういった昔ながらの雰囲気が好きな方が、インターネットなどで存在を知り、同温泉を訪れる。
 近年は新倉山や三つ峠、富士山などで登山を楽しんだ帰りに寄る方も多くなった。「温泉前という駅名の効果もあるのかな。」と渡邊さんは笑う。もちろんお風呂にゆっくり浸かって、足腰の痛みを和らげた後、渡邊さんと畑の話題を楽しむ昔ながらの常連さんも多い。ちなみにここで提供されるうどんや御新香に使われるのも、丹精込めて育てた自慢の野菜だ。長い歴史を支える秘訣は「お客さんに気遣いさせず、ゆっくりお風呂を楽しんでもらう。」ことに尽きるとか。効能は足腰の痛みや身体の疲労、あせも、アトピーとのこと。
葭之池温泉

山梨県富士吉田市下吉田6698
TEL0555-22-3362


 
2014年8月号
 先代が上吉田で商売を始めて48年目。お団子にいなりずし、海苔巻きなど、地元の方にはお馴染みの味を引き継ぐのは2代目の原田隼人さんだ。創業当時は同業者もたくさんいた。こうして続いているのは、わざわざ買いに来てくれるお客さんの存在が大きいとか。 同店のお寿司やお団子は毎日作り、その日に売り切るのが基本。だから保存料などの添加物は一切い不要。「顔を知っている人に売るので、変な物は出せないですね。」という言葉に誇りも垣間見える。修行から戻り、父とともに店を守ってきた10年。大きい店が出来ないこと、小さい店だから出来ること。そんな値段ではない価値を考え、確信したことは、手を抜かず、手作りで安心できる味という“当たり前”の大切さだったとか。
 毎日愛情を込めて作る商品が本当に可愛い。だからこそ、自信を持って並べられるよう「自分が美味しい」という基準を大切にしたいとのこと。これからの季節はイベントやお祭りで大量注文も入る。一つ一つの手作りは大変な作業だが、これが地域密着店の持つ価値だと考えている。
丸屋菓子店

山梨県富士吉田市上吉田4-1-7
TEL0555-23-8361



2014年9月号
 「コロッケの味は近所の子供たちが決めたんだよ。」と教えてくれたのは河口湖のほど近く、船津三差路そばにある『ふるや』の古屋徳雄さんだ。母であり現在もお店に立つ店主・幸さんが昭和41年にご主人とお店を始めたとき、近くの小学校に通う子供たちの好みがお店の味になったのだとか。
 当時1個10円のコロッケは子供のお小遣いでも買えた値段。下校時にコロッケを買った子供たちが、今は自分の子供を連れて来ることも珍しくない風景だ。
 お店は今も昔と変わらぬ佇まい。扉を開ければタイル張りの流しやコロッケを揚げる大きな鍋、そして幸さんの姿。「仕入はあれこれ工夫しているけど、作り方は昔と変わらない。じゃがいもを潰す機械以外は全て手作りだよ。」と徳雄さん。注文したらその場で揚げる。コロッケを包むのは、昔ながら経木と新聞紙、というのもこだわりだ。
 現在はコロッケ、豚カツ、アジフライ、ハムカツ、白身魚フライの5種類を販売。コロッケは1個70円で消費税は取らない。大変な事も多いが地域の方が使ってくれるので頑張れるとのこと。
お惣菜の店 ふるや

山梨県南都留郡富士河口湖町船津4120-1
TEL0555-72-08621


 
2014年10月号
 野球用品を中心に扱うお店として、初代が昭和55年に創業したのが富士吉田市の『神田スポーツ』だ。スポーツの中でも野球が圧倒的に人気だった当時は、男の子が大きくなると父親と一緒にやって来てグローブを選ぶ、というのがお店の日常の風景だった。
 「全盛期に比べると少子化や他スポーツへの選択も広がり、昔ほど野球一色ではないですね。」というのは2代目の神田剛さん。商品の中心はやはり野球用品だが、武道系の品揃えも広がったほか、MLBグッズの増加も近年ならではの風景だ。
 カタログにより全国どこでも同じ用品が購入可能。小さな町のスポーツ店の存在意義は「修理などのアフターフォローに尽きる。」と神田さんは言う。購入の際のアドバイスはもちろん、道具が壊れた時にすぐ修理をお願いできる、という役割こそ地域密着店の強味だと考えている。
 女子や壮年などスポーツの裾野は広がりを見せている。マナーやルールを学ぶ教育の場としても重要なスポーツを好きになってもらいたい。そのための環境作りを今後も応援したいとのこと。
神田スポーツ

山梨県富士吉田市下吉田5-24-12
TEL0555-22-2231



 
2014年11月号
 会社員から転身した初代が創業したのが昭和53年。食卓にお茶が欠かせない時代にあって、春木屋の扱う深蒸しで細かな茶葉は珍しい存在だった。「色もきれいで味も濃い。この味に感激したことで郡内初の春木屋が誕生した。」と笑うのは2代目の清水智春さん。ただ当初は急須の目づまりも多くて売るのも大変だったとか。美味しさはどのお茶にも負けないことを説明したり、急須選びのアドバイスもしながら少しずつ愛飲者を増やして現在に至っている。
 生活スタイルの変化やティーバック、ペットボトルの普及などで茶葉離れが進んでいる。しかし「お茶を飲みにおいで」という言葉が示す文化や茶葉を急須で淹れる本物の味。これを日本の伝統として伝えていきたいという思いは強い。今は全国各地の味も知ってもらおうと、静岡はもちろん鹿児島や佐賀、狭山のお茶を独自に用意。フレーバーティーや湯呑などの陶器類など、品揃えの種類にも心を配る。「商品に加え、人と人との関係が重要視される地域。あの人の店で買いたい。」と思ってもらえるお店作りを常に意識する。
お茶の春木屋 富士吉田店

山梨県富士吉田市下吉田3-19-2
TEL0120-24-1603

 
2014年12月号
 伝統ある和菓子屋が実家であるオーナーにより1992年に誕生した『アーヴェント』。レストランとケーキ、ギャラリーというのが創業より変わらぬスタイルだ。
 独自配合の生クリームと生地が味の全て。シンプルだけど大人から子供まで愛される味を、というのが同店のこだわり。レモンを隠し味にし、あっさりとした味わいに。また洋菓子ながらも随所に和の雰囲気が見え隠れするのも特徴だ。これらお店の味を支えているのは次世代の若きパティシエ達だ。旬の味をどのように出すかが常に悩み。もちろん見た目も重要だ。お菓子以外にも器にリユースできるカゴやカップを使ったり、かわいい包装紙を用意するなど、お店全般に若い女性の視点を反映し、常に時代の変化への対応を心掛ける。
 いよいよクリスマスシーズンに突入。イチゴショートを筆頭にビッシュ・ド・ノエル、ロールケーキなど定番5種を用意。大人数で楽しめるサイズが人気とのこと。また今年はお店の原点であるレストランにも力を注ぐ。大人の女子会、といったデザートが楽しめる食事会コースはいかが?。
パティスリー&カフェギャラリー
Abend本店


山梨県富士吉田市新西原1-8-1
TEL0555-24-5888


2015年1月号
 都留で『ふとんの渡邉』としてスタートしたのが40年前。その後西桂町に移転、さらに2代目の渡邉敏和さんが跡継ぎとして戻った際に店名を『安眠堂 枕家』と変えて現在に至っています。
 大型店やインターネットの普及により、枕や布団など“モノ”を売るスタイルに限界を感じていたと渡邉さん。新店名の“枕”はモノではなく「眠り」や「リラックス」そして「健康」を売る、という姿勢を表現したといいます。しかし、当初は自信を持って枕を薦めても値段を聞いて…ということがほとんどだった。それでも丁寧にお客様の悩みを聞き、商品の説明に徹する中で、気が付くと遠方からも不眠に悩む方が相談に訪れるような存在になっていた。
 枕から始まった快眠への追求が、今ではベッドや布団などにも及ぶ。個人で違う体型や悩みを分析すると、寝具全般のコーディネートに行き着くのだとか。意識するのは売るのではなく、よく聞き説明に徹すること。お客様に納得してもらうことが大切なのだとか。同店では5日まで初夢キャンペーンも実施。良い枕で良い夢を見ませんか?
安眠堂 枕 家

山梨県南都留郡西桂町小沼202-7
0120-25-3902
http://www.makuraya678.jp


2015年2月号
 『有限会社タクミプリント』が富士吉田市大明見で創業の第一歩を踏み出したのが昭和49年。コピー機や家庭用プリンターなどが存在しない当時、印刷はまさに職人が行うプロの技術だった。
 鉛製の文字版を一字ずつ組み込んで行われる活版印刷。修正や改行なども手間のかかる作業だったが、印刷物の需要も多く、たくさんの印刷業者があったと初代・小林匠代表は振り返る。活版印刷から写植機、組版機と印刷技術が進化する中で登場したパソコンは業界に大きな影響を与えた。「はがきや名刺、少量の印刷物は手軽に出来るようになりました。私たちは家庭ではできない分野で需要を掘り出す必要があります。」と専務の小林友和さんは言います。 本や冊子、大判の印刷物、業務用伝票に名刺、そして量の多い印刷物が現在の主力業務。その中でも「相談をし、校正を行い、イメージを確認して印刷。」という過程から生まれる“安心”が存在意義だと小林さん。業界のネットワークも利用し印刷に関することなら何でも対応可能。総合印刷の窓口として、地域のニーズに応えていく。
有限会社 タクミプリント

山梨県富士吉田市上吉田5992-1
0555-24-1177


2015年3月号
 昭和の戦時中に祖父が始めた和菓子店。父の代には結婚式場へ納入する赤飯が商品の中心で、そして現当主・中村元さんの代に小売販売を開始。和菓子店『東京屋製菓』の歩みは地域や時代の風景が反映していて興味深い。
「お店を継いだときは地味婚ブーム。盛大な披露宴が下火になった時期です。」と中村さん。赤飯の卸し以外にも売上をと考えたのが小売販売開始のきっかけ。こだわりの素材でないと客は呼べないという時代の流れもあり、十勝産小豆や新潟県産もち米など素材選びには特に気を配った。地産地消という言葉が注目された時には地元産の米や卵も導入。「素材へのこだわりは県内で1、2を争うはず。」と胸を張る。小売を始めた当時に比べれば商品数は倍増。茶道用の和菓子、ご挨拶品、おやつ用のお団子と種類は実に豊富だ。
 伝統も守るが時代のニーズに合わせて商品を変化させてきた。ニーズとは地域の「こんな商品が欲しい。」という声だ。地域に根付かないと商売は成り立たない。子供からご年配まで気軽に来店し声を掛けてもらえるお店でありたいと意識する。
有限会社 東京屋製菓

山梨県富士吉田市竜ヶ丘1-1-27
0555-22-1547


 
2015年4月号
 昭和5年に祖父の勝俣本平さんが始めたお酒の店。店名には今でも初代の名前が残っている。2代目の時には、当時の流行で多品種を扱うコンビニ的なお店が求められ、同店でも酒以外の様々な雑貨が店頭を飾った。「生き残るために他店との違いを意識した。」というのは3代目店主・勝俣陽介さん。お酒中心という原点を意識し、お店の特徴作りに取り組んだ。
 お店を継いだ20年前、日本酒の注目度は低く好まれて飲む…という状況ではなかった。敢えて他店と違うお酒を、と新潟から始めた蔵元巡り。信頼を得て取引を行う蔵は、気が付けば全国に及ぶまでになった。「酒蔵にとってお酒は大切に育てた娘。嫁に出す気持ちで私たちに託している。」と勝俣さん。お客様からも「この店のお酒は間違いない。」と言われる機会が増えたとか。
 店を継続させることを何よりも考えてきたという思いはある。息子が跡を継ぐと言った時「継ぎたいお店と思ってくれた。」と安心したとか。世代交代のその時まで、引き続きお店を支えてくれる信頼と縁を作っていきたいと考えている。
地酒のモトヘイ

山梨県富士吉田市小明見1635
0555-22-0082



2015年5月号
 昭和初期に父が始めた洋傘店。「26歳の時に修行から戻ってこの店一筋。もう73歳だよ。」と笑うのは、2代目の清水担(あきら)さんだ。当時は傘の製造から販売を行うお店が10軒以上あったが、今では全国でも数える程度。安い外国製品や使い捨てのビニール傘が重宝される中で、後継者不足が相次いだ結果だという。
 たるみのない、しっかり生地が張った傘を、というのがこだわり。専用の道具で生地を切断し、ミシンで裏地を縫い付ける。簡単そうに見えるが結構難しい。力が必要な金具の取付けは男の仕事、というのが清水さんの持論だ。最盛期には年間四千本を製造した。今は量をこなせない代わり、織物関係者から座布団の生地で傘を…という地元ならではリクエストが舞い込むとか。こんな注文を受けると、自分の技術を誰かに継いでも欲しい、と思うことも少なくない。
「販売もするので、お客さんから直に評価を聞ける。長持ちだと聞くとうれしいね。」と清水さん。今月10日に開催される本町通りの軽トラ市でも傘を販売するが、出来ればお店も覗いて欲しい。
清水洋傘店

山梨県富士吉田市下吉田1-1-20
0555-22-1093



 
2015年6月号
 昭和27年に佐藤新聞店としてスタート。平成7年に泣jュースセンターサトーとして法人化した後は、新聞配達や広告、インターネットなど地域メディアの中核を意識した起業活動を行っていた。
 新聞を売るのではなく真心を売る、という企業理念は今も健在。しかし時代の変遷により、新聞販売で苦戦を強いられているのも現実だ。「昔は家を建てたら新聞購読はつきものだったが…。」と三代目に当たる佐藤浩文代表は苦しい胸の内を語る。この状況下で5月に取り組みを始めたのが、社員及びアルバイトを対象とした認知症サポーター資格の取得だ。
 佐藤自身も過去に脳出血で倒れた経験がある。将来の認知症発症の不安が付きまとう中で知ったのが、富士吉田市による認知症サポーターの育成と見守りネットワークの推進だった。深夜から早朝にかけて新聞配達員は担当地域一円を回る。この“目”が地域の安心安全に役立つのではないかと考えたのだ。地域に貢献する存在でなければ企業は生き残れない。企業の持つ資源を提供しつつ新たな活路を。同社の試みは始まったばかりだ。
有限会社ニュースセンターサトー

山梨県富士吉田市下吉田2-5-14
0555-23-2670


 
2015年7月号
 創業から50年以上。市川大門出身の大原武雄さんが紙屋として事業をスタート。その後、文具の扱いへと業務を拡大していった。「高度経済成長やベビーブーム時、文具は黙っていても売れたと聞いています。」と、孫にあたる大原弘士さん。加えて複写式の伝票や領収書など会社経営に欠かせないツールも事業の大きな柱だった。
 地域に必ず一つはあるという文具店も、少子化や伝票電子化という試練を迎えている。「新たな価値を提案する必要ある。」と弘士さん。ネットが普及しても、手に取って選ぶ楽しさは変わらない。常時2〜3万点という豊富な品揃えには特に力を注いでいる。また近年ではボールペンやノートにかわいい商品が増加。マスキングテープなど、流行に敏感な女性のニーズにも気を配る。一方で、同店は今でも勤務年数の長い従業員による昔と変わらぬ接客を実施。お馴染みの顔があるから安心というお客様も多いのだとか。ほぼ全ての商品がレジで計算後に20%割引というのも昔から続くスタイル。伝統の中に新しさを重ねながら総合文具店としての役割を果たしていく。
有限会社オオハラ

山梨県富士吉田市下吉田5丁目31
0555-22-2117


 
2015年8月号
 富士吉田から山中湖畔に入るとすぐに見つかる『山中湖ジュピター』。ここはわかさぎ釣り、各種マリンスポーツ、レンタル自転車等、山中湖ならではの楽しさを提供するスポットだ。
 祖父から始まり約70年、現代表の高村輝彦さんは三代目となる。富士山+湖という絶好のロケーションを背景に保養所が増加。滞在客向けの遊びという需要が拡大した時期に貸しボート屋として創業し、高速道路開通による賑わいも重なり事業を伸ばしていった。
 「私達は気持ちよく遊んでもらうことを心掛けるだけ。」と高村さん。気さくな口調での会話を喜ぶ人は意外と多く、自然と次シーズンのリピートにつながるとか。一方で最新のレジャー情報には常に気を配る。ワカサギドーム船や昨年登場のフライボードなどもニーズを察知して導入する。
 同店では夏のソフトクリームも人気商品だが、今年は山中湖の寒さを生かした『蔵元不二』の天然氷を使用する「ふわふわかき氷」を発売開始。薄く削られた氷が口の中でサッと溶ける食感が魅力。味は6種類。マリンスポーツの後にいかが?
有限会社ジュピター

山梨県南都留郡山中湖村山中72
090-8641-6698
http://www.y-jupiter.jp/



2015年9月号
 昭和27年頃は『甘党の関所べんけい』という店名だったと話すのは、初代・深澤登さんと結婚以来57年にわたりお店を切り盛りする久子さん。甘味処として始まった同店のメニューにうどんや焼きそば、海苔巻、いなりずしなどが久子さんのアイデアで加わるようになった。当時からおでんや赤飯のおにぎりなども販売しており「コンビニよりも最先端よ。」と笑う。 昭和40年になると織物産業が隆盛を極め、お店のある西裏も活気を呈す。一般客はもちろん、接客商売を終えた飲食店関係者がお店に来るので、夜中の1時まで営業。徹夜も多く当時は休めなかった、とかつての賑わいを振り返る。
 今でも朝3時半には起きて、仕込みの準備を始める。おはぎ等に使用する小豆を支度したり、もち米を炊いたりと昔ながらのスタイルを継続している。うどんやラーメン、定食に甘味と豊富なメニューは今も健在。加えて息子さん夫婦がお店の営業に参加し、家族ぐるみでお店の歴史を支えている。地域とともに今も歩んでいる。そんな思いがお店の雰囲気から伝わってきます。
べんけい

山梨県富士吉田市下吉田3−21−11 
0555-22-2358



2015年10月号
「初代の頃は近所の子供がよく手伝いに来たみたいです。」と教えてくれたのは『(有)仲沢製菓本店』の仲沢香さん。砂糖が貴重品だった当時、お菓子や飴の残りも子供には魅力的な存在だった。
 現在、推定約百年になろうかという河口湖の老舗を切り盛りするのは四代目・香さんと三代目の父憲一さん。季節ごとのお団子や饅頭、そして売店等で販売される観光光土産などが、今も店の商品の中心だ。毎日朝5時には仕込みを開始。その日のうちに売り切る朝生菓子を作りながら、入ってきた注文菓子を作るという日課。また地区の例大祭などに使うお供え物の餅などにも対応しており、地区ごとに必要なお供えの内容はほぼ把握しているとのこと。
 個人店の強味は時間対応とのこと。「この時間に作って欲しい。」というお客様の要望になるべく応えるのが信条だ。「華やかさはないですが、地域に大事にされていますよ(笑)。」と香さん。10月は地元のカボチャで作る「黄色いかぼちゃ」「焼きかぼちゃ」などが店頭に並びます。そして地元でお馴染みの大番焼(1個百円)屋台も始まります。
(有)仲沢製菓本店

山梨県南都留郡富士河口湖町船津962?3 
0555-72-0125



 
2015年11月号
 祖父・桑原弥市さんが若い頃、滋賀県から富士吉田にやってきて明治33年に桑原商店を創業。桑原酒店の店名を経由し、故郷である滋賀県から来たということで『大津屋酒店』と改名したと3代目繻エ忠則さんは言う。
 初代の時代は景気も良く、料理屋さんの注文が主流。樽酒がよく売れたが、盆暮集金のため資金繰りに苦労した事をよく耳にした。2代目である父は、初代の体験から小売に専念し経営の安定を図った。そして現在は大型量販店の増加により、再び飲食店との取引に力を注いでいる。「時代の流れで経営は変化する。今は足場を固める時期。」と繻エさん。すでに外回り担当として4代目繻エ良さんも活躍中。「金は財産ではない。屋号と信用を残しておきたい。」と胸の内を語る。
 売り手良し、買い手良し、世間良し。近江商人の三方良しという理念がお店の存続する秘訣と考え、自分が出来る地域貢献を常に意識。一昨年、市の消防団の役を受けた縁から消防団員への感謝を込めた『出前火消寄席』を企画。今年も11月15日午後2時より大津蔵にて実施(参加無料)する。
大津屋

山梨県富士吉田市下吉田3-6-47
0555-22-0887



 
2015年12月号
 昭和27年に山梨県認可第1号の信用組合として第一歩を踏み出した『都留信用組合』。当時の郡内の主産業である服裏地業者の資金繰りを支援するというのが、創立当時の目的だった。
 預金などで皆さんの生活にもなじみの深い都留信。一方で地域金融機関として、中小企業の支援等にもこれまで以上の力を注いでいる。「創業期から成長期、そして事業継承期と、企業のライフサイクルに応じた支援を目指しています。」とは本部融資部の担当者。それぞれの場面ごとに必要な事業計画の検証や資金調達を行い、今まで以上のきめ細かさで対応することが求められる時代とも言います。
 昨年から起業検討者や事業承継者を対象とした創業スクールを実施。全5日間で合計30時間というハードな内容だが、今年も30名近い参加者が集まった。新しい事業主が地域経済の刺激になってほしいという期待が背景にある。他にも行政や研究機関、情報紙とのビジネスマッチングの機会作りにも取り組む。地元企業の身近な相談相手たるべく、求められる役割を模索し続けるとのこと。
都留信用組合

山梨県富士吉田市下吉田2-19-11
0555-22-2131(本店)

 
2016年1月号
 昭和15年に祖母が副業で始めたという『渡辺製餡所』。甘いものといえば餡ぐらいしかなかった当時は需要も多く、市内には5軒ほど製餡所があったとのこと。「父である二代目の与一の時代は、上野原まで配達に行った。」と三代目の渡辺泰貴さんは振り返る。
 正月にお彼岸、お盆、十五夜、年末。店の繁忙期は日本の伝統行事と重なる。お餅やお団子とともに「餡」も季節の節目を祝う重要な存在。何より子供にとっての楽しみだったのだといいます。
 家庭での餅つきが減ったり、菓子類が豊富になったことで餡の需要は減ったが、一方で健康志向の高まりで、豆を使った食品が見直されているとか。現在では餡だけではなく、金時豆や花豆などの豆類、注文により煮豆なども販売。製餡から得た経験を活用しながらお店の運営を続けている。
 北海道産の小豆を井戸から汲み上げた富士の湧水で煮る同店の餡。つぶ餡にこし餡、白餡、ウグイス餡などの種類が、希望により用途に応じた柔らかさで用意されている。「あんこは日本人の味」という思いがその味を支えている。
渡辺製餡所

山梨県富士吉田市下吉田5788
0555-22-0431



 
2016年2月号
 大正11年に初代が下駄の製造販売で開業。祖父の代に仕入販売、父の代は下駄から靴へ。そんな店の歴史を紹介するのは富士吉田市の靴専門店の『オカモトヤ』4代目岡洋介さん。良い靴を適正価格で売ることで差別化を図った父の思いを受け継ぎながら、新たな価値として打ち出したのが靴を通じた「健康」という視点だ。
「世界中の『歩く』を楽しく幸せせにする。」という理念を設定。歩ける楽しさを靴の面から支えるため、中敷きの加工や靴底の調整など、販売以外の修繕にも力を注いできた。「靴底の摩耗などバランスが悪くなった靴はひざに負担を掛けているケースがあります。」と岡さん。靴のことを気軽に相談できる存在、という雰囲気作りを心掛けているとか。またお気に入りの靴を長く大切に使うライフスタイルの提案として、5年前からメンズシューズのオーダーメイドも開始。今年4月からレディースも取扱いを行う。
 様々な縁で支えられる地域にとってオカモトヤという商号がブランドだ。靴を通じて、お客様の健康管理を担うのが自分達の役割と認識する。
合同会社 OKAMOTOYA

山梨県富士吉田市下吉田2-1-7
0555-22-1290


2016年3月号
 洋品店、靴屋もあり、足りないのが鞄屋だった。富士吉田市に店を構える『バッグショップ タムラ』の店主は、昭和47年をオープン当時をこう振り返る。経済的に豊かになり、女性が服飾にお金を掛けるようになった時代。富士吉田の中心だった本町通りもお洒落な女性が増えたが、まだ手に持つのは織物の端切れで作った買い物袋ということも珍しくなかった。 お洒落のアイテムとして、ハンドバッグや小物入れを扱うお店は郡内でも少なく、来店したお客様が30分以上お店に滞在し、商品を手にとってはあれこれ悩んでいるというのが当時の光景。その時に取引が始まった日本製ブランド「MONT」(写真右下)は、現在は県内でも唯一の取扱店だ。
 近隣に大型商業施設や量販店が出店するたび、影響が直撃してきた商店街。今はインターネットも台頭し購入スタイルはさらに多様化。それでも地域が明るく住みやすくなるために、地域の商店街は欠かせないと店主。一点物の良品に仕入れを厳選し、手に取って選ぶ楽しさを魅力とするスタイルで街の灯を守っていく。
バッグショップ タムラ

山梨県富士吉田市下吉田3-13-13
0555-22-4744


2016年4月号
 初代の濱田米久さんが近所の子供に英語を教え始めたのが昭和38年。高校受験の難易度が上がっていた時代背景もあり、半年で生徒は40名以上にも。これが翌年の栄光学院誕生の契機となった。
 S50年代になると2代目国松さんなど、息子たちも講師として参加。同時期に当時としては珍しくビジネスパソコンも成績管理向けに導入。独自教材の作成やワープロ講座の開講など、特色ある運営を行っていた。
 学習塾と社会人向けのパソコン講座を並行して運営していたが、徐々にウェイトは職業訓練へ移行。今では市町村が行う公共訓練や企業研修が業務の大きな柱となっている。「社会人向けの講座が中心となったが、将来地域で活躍する人材を育てるという視点は変わらない。」と3代目国康さん。家族で築いた理念がその言葉から読み取れる。
 昔は読み・書き・そろばんが必須とされていたが現代社会では英語・パソコン・会計、加えてプログラミング言語が欠かせない。地域で活躍する「人」を育てるために様々な講座を用意する。これが栄光学院の原点である。
株式会社 栄光学院

山梨県富士吉田市下吉田5-22-22
0555-24-0005



 
2016年5月号
 「生活の中に花があると、ゆとりも生まれるのでは」。そう話すのは小山田園芸店4代目となる考佑さん。同店は植木屋だった曾祖父から始まり、祖父が鉢花を中心とした園芸店として創業した。父の代になると切り花に加え移動販売も行い、バブル期の活況も加わるなど多忙な時期だったと言います。
 イベント会場でお客様とのやりとりを経験したことが転機となった考佑さん。「花」を売る楽しさが家業を継ぐ決意に繋がったと言います。季節に応じた花、法事やお祝いなどイベントごとに必要な花、そして観光地ならではの花と、知れば知るほど多様な花の需要を知る。またお店に立つようになって近所の方や小さい頃からの顔見知りの方が、お店を支えてくれる存在であることを認識したとか。
 花は生活必需品というよりは娯楽品かもしれない。しかし贈り物や生活のワンシーンに、花が一本あるだけで雰囲気は変わる。その大切な一瞬のために新鮮な花を用意しておくのが店の信頼につながると考佑さん。まもなく母の日。たくさんのお花を用意して皆様をお待ちしています。
小山田園芸店

山梨県富士吉田市下吉田2-13-34
0555-28-7181




2016年6月号
 元は大型ダンプなどの修理や車検を行う泣Vラス自動車工業所として昭和50年に創業。その後、建設現場の大型化、機械化の流れの中でクレーン車の需要に注目。徐々に事業の軸をクレーン車派遣にシフトし、現在は35台の大型クレーン車が県内外で活躍している。
「私達の仕事は『吊る』こと。」と話すのは2代目の白須一政さん。現在は住宅なども、工場である程度出来上がったものを現場で組み立てる時代。最大120mまで吊り上げることができるクレーンは、今や現場に欠かせない存在だ。お台場のガンダムやコンサートの会場設置はもちろん、九州の大震災や山梨の大雪害の時にも同社のクレーンががれきの除去など様々な用途で活躍している。
 現場の作業開始に間に合うよう、操縦士は早朝に会社を出発する。「決して楽な仕事ではないが“働く車”を代表する機械を操縦するのは誇れる技術です。」と白須さん。持参してもらった鯉のぼりをクレーンで吊るす、富士吉田でお馴染みの風景も15年目を迎えた。地域の子供たちに高い志と向上心を。そんな願いが込められている。
株式会社 シラス自工

山梨県富士吉田市下吉田9-27-29
0555-22-4378




 
2016年7月号
 入母屋造りと呼ばれる日本建築の家が多い忍野村。ここで40年以上、地域の住宅建築に携わってきたのが大橋工務店である。「和風建築や木を扱う住宅となれば、メーカーからも声が掛かる。」とは2代目になる長田徳男さん。洋風建築が増える中で、いつしか和風建築の技術を持つ数少ない企業の一つという存在になっている。
 ニーズは常に変化する。和洋様々な住宅も提案に多く取り入れてきたが、改めて家とは住む人の『安心の場所』だという原点を再認識する。「家族が幸せになる家作りを考えた時、土地選びや住宅ローンの相談などもトータルに考える。」と長田さん。家のことでお客様に後悔させないよう、常に勉強は欠かせない。モノ(家)ではなく家族の物語を作るお手伝い、という信念だ。
 昔であれば親族や友人の紹介で仕事は回ってきた。今は人柄や信頼、説明などの姿勢も評価される。「家の主治医として、調子が悪くなった時にも一生面倒を見るつもりで建てる。」と長田さん。親から継承した職人としての技術と伝統に加え、お客様の視点を意識した家作りに取り組んでいく。
大橋工務店

山梨県南都留運忍野村忍草257
0555-84-2382
http://www.peacedhome.jp



 
2016年8月号
 ドラッグストアや調剤薬局ではない「相談薬局」。明治初期から続く『住吉薬局』の五代目・住吉修一さんの言葉だ。昭和の時代までは大手製薬会社が同店経由で地域の小売店へ納品、という問屋としての役割も担っていた。先祖代々薬業界において、古くから街の薬局として行事への協力や助け合いには一生懸命だった、と修一さんの目には映る。 この30年で薬局のスタイルは大きく変化。日用品など豊富な品揃えの店や病院と連携する店が増える中、改めて自分の薬局の原点を考える。「私達は来店した方のお話を聞き、症状などの悩みを聞いてともに改善方法を考える相談薬局です。」と修一さん。疲労などの体調全般、生活習慣、食事指導など相談は多岐に及ぶ。病を引き起こした体調不良の原因究明、どの病院に受診すべきか。きめ細かな部分まで相談に応じるのが同店の姿勢だ。
 なるべく病院に行かないための健康な体作り。それをサポートする同店だから扱える漢方薬やサプリメント等も多数用意している。地域店だからこそ生活の中でできる自然な健康促進を応援する
株式会社 住吉薬局

山梨県富士吉田市下吉田3-6-41
0555-22-0056




 
2016年9月号
 富士吉田市下吉田の『有限会社サンセイ電子』は創業から27年もの間、メーカーの精密部品検査を主な業務としています。
 日本が誇るモノ作り産業。高品質を保持するシステムの一つがこの検査業務だ。「私達に求められるのは品質、納期、コスト」と代表の三浦晴雄さん。当たり前に聞こえるが実行することは難しい。製造業ならではの課題と向き合い、台頭する海外との競争に揉まれながらも、長い付き合いのある取引先との信頼関係を築いてきた。 同社の業務は、大半を占める女性従業員に支えられている。顕微鏡で不良品をチェックする作業は集中力が欠かせないほか、納期が迫っていれば残業が続くことも多い。「大半が地元の方で子育て中の母親もいます。勤務時間等でなるべく柔軟に対応していますが、無理をお願いすることも多くて。」と三浦さんも感謝の言葉を口にする。
 どんな時代でも人間がすべきことがあり、そこにビジネスチャンスを見つける姿勢が重要。その役割を若手に期待したい、と一緒に会社を支えている工場長・三浦恵さんにエールを贈った。
有限会社 サンセイ電子

山梨県富士吉田市下吉田1-4-3
0555-22-0511



2016年10月号
 初代が寿司屋として創業した富士吉田市松山の『瀬戸内』。現在は奥様の下満政子さんと2代目の久さんが食事もできる居酒屋としてお店の灯を守っています。
 四国出身で魚にも詳しかった初代の下満満春さん。景気の良さもあり、当時は深夜2〜3時までお客様で賑わったという。家族で店を守ろうと居酒屋になってはや17年。気が付くと今年で初代の営業数に並んでいたと政子さん。お店をここまで続けられたのは「昔から父と母を慕ってくれる馴染みの方や「美味しかった。」と言ってくれるお客様のおかげ。」とは両親の背中を見てきた久さんの弁。
 ここ数年、お酒以外に食事のみというお客様が増えてきたこともあり、今年から昼の営業をスタート。肉と魚のそれぞれをメインとした定食を何種類か用意しているが、特徴はお膳一杯に並ぶ副菜や小鉢。「昭和のおかずで家庭の味。」と政子さんは笑うが、この味が常連さんはもちろん、富士山を訪れる外国人などに好評だとか。昼も夜もご予算に応じた宴会可能。家族経営の良さを活かし出来ることをするのが『瀬戸内』の信条です。
大衆割烹 瀬戸内

山梨県富士吉田市松山5-12-23
0555-23-8474(日曜定休)



 
2016年11月号
 富士吉田市大明見の『二葉屋』は祖母が呉服屋として大正15年に創業。その姉が市川大門の酒屋へ嫁いだ縁からお酒も扱うようになった。そう教えてくれたのは三代目に当たる宮下公雄さんだ。
 大学卒業時は免許制度もあり酒屋は安泰の時代だったとか。しかし、規制緩和や安売りの流れに酒販業界も大きな影響を受ける。「私はワイン、妻はリキュールと各自が資格の勉強をしましたし、メーカーを訪ねて新しい取引のお願いに回りました。」と宮下さん。奥様の資格が契機となり結婚式場での仕事が生まれさらにワインの取引へと広がる。そして、大きな転機となったのがインターネット販売だ。『お手軽ワイン館』として始めたネット事業によりワインの取扱量は急増。その成果により本場フランスやイタリアでの研修の機会も頂けたとか。「時代の過渡期を様々な方の縁で乗り切ったという感じ。まさか結婚式場が仕事現場になるとは思っていなかった。」とこの20年を振り返る。社員にソムリエなどの有資格者も増加。今後もお客様に百パーセント喜んで頂けるお酒の紹介を心掛けていく。
株式会社 二葉屋

山梨県富士吉田市大明見5-12-1
0555-22-3000



2016年12月号
 富士吉田市小明見の『有限会社カツタステンレス』は40年前に創業。今も現場の第一線に立つ初代の勝俣太志さんが、その学んだ技術を元に地元で創業を果たした。
 勝俣さんの持つステンレス加工技術は、当時はまだ新しい分野だった。創業後しばらくは、東京からの紹介を頼りに運営を行う。その後のペンションブームにより、宿泊施設で特注の大きな流し台の注文が続くようになる。施設ごとの要望に合わせて製作を行ううちに、手すりや配管設備、階段やオブジェと、作る物がどんどん増えていった。特に工場で製作し、かつ現場での作業も必要になる製品は同社の得意分野とのこと。「形に残るものを作るのがこの仕事の魅力。どのようにひと工夫加えるかも重要。」と勝俣さん。和風に合うようステンレスを焼き、木のような風合いを出す、という加工も行うなど、常に“ひと工夫”を意識してステンレスの新しい価値を提案し続けている。
 「出来ないではなく行動するのみ」。そのために知恵を絞り、お客様の要望の上を行く結果を出すのことが価値になる。これが同社の信条だ。
有限会社 カツタステンレス

山梨県富士吉田市小明見2-21-10
0555-23-3269



2017年1月号
 西桂町で和菓子製造を行う唯一のお店が拒O田商店です。都留で修行を終えた初代・前田藤蔵さんが創業したのは明治時代。現在は3代目和吉さんと4代目公男さんが、当時の建物とともに百年を超えるお店の歴史を守っている。
 創業当時に扱っていたのは駄菓子に饅頭、そして飴など。この伝統は受け継がれ、もろこし饅頭はお店の名物となっている。また春には桜餅や柏餅、秋には十五夜饅頭と、季節に合わせて作られるお菓子を求めて、大月や山中湖からも通う常連客も存在するといいます。「戦後は砂糖が貴重だったから甘い味が喜ばれたが、今は甘さ控えめ。」と和吉さん。時代に合わせて味は変化するが、和菓子の顔ともいえる餡の原料は、今も良質な北海道産小豆にこだわっているとのこと。
 店内にはお菓子以外にも、食料品や惣菜、日用品も並ぶ。お店が少ない地域であり、同店の存在が欠かせない高齢者も多い。「町内の行事には前田のお菓子を利用して欲しい。そのためにも普段から住民が必要だと思う品揃えを心掛けることで地域の役に立ちたい。」と言葉を締めくくった。
有限会社 前田商店

山梨県南都留郡西桂町小沼1425
0555-25-2011



2017年2月号
 富士吉田市上吉田の『写真のさかもと』が創業したのは昭和50年頃。家庭用カメラが普及する一方で、写真の現像は専門店しかできない特殊技術だった。町の写真店にとって大きな転機となったのはデジタルカメラとプリンターの登場。これにより写真撮影から現像に至る技術は、家庭で簡単に出来る存在となった。
「現像が中心だったビジネスモデルをどのように変えるかは今も試行錯誤。」と二代目店主の坂本真一さんは言う。撮影された膨大なデータがカメラに保存されたままの状態も多い。すぐに現像はしないが、必要な時に目的の写真を探せるようCD等へのデータ移転+インデックスブックを作成するサービスは毎年要望がある。また多忙な保護者や指導者に代わり、大会やイベントの撮影を代行し、そのデータを活かしたポスターや冊子等の作成まで対応することもあるとか。
「思い出を残すこと、そしてその思い出を様々な形で世の中に出すことが仕事。」と坂本さん。子供の成長に合わせたオリジナルアルバムや記念品、妊娠時のエコー写真のデータ化などにも対応可。
写真のさかもと

山梨県富士吉田市上吉田6-12-20 
0555-24-1363



2017年3月号
 富士吉田市下吉田の且R吉商店は『制服のヤマキチ』として、富士五湖地域一円の中学・高校の学生服を幅広く扱っている。
「祖父がお店を始めた時は、職人がいて下着から作業着まで、一般衣料全般を仕立てていた。」と話すのは3代目の中村利朗さん。父の代は戦後の物不足も重なり、商品があれば売れる時代。風呂敷で仕入れた服がその日に売れ、夜遅くまで営業してもお客様が来ていたとか。
 安売りを武器とした大型店の展開が進むなかで同店も学生衣料を中心とした販売形態にシフトし現在にいたる。「その制服が必要な3年間はしっかり面倒をみる。」という同店のアフターサービス。制服の破損修理やボタンの紛失など、制服に関する悩みにはきめ細かく対応し、靴やソックス、ニットベストなど制服以外の品揃えも充実させる。
 他にもこだわるのが国産商品の充実。学生衣料以外にも、タオルや下着、祭り足袋、サラシなどは職人による国産製を心掛ける。「日本人の肌には日本製の生地。」という思いとともに、安さとは違う価値があることを衣料品を通じて発信する。
株式会社 山吉商店

山梨県富士吉田市下吉田2-4-32 
0555-22-0250



2017年4月号
 昭和51年に都留市田野倉で創業した『カーショップツルタ』。自動車が普及し始めた時代背景を受け、タイヤやホイール、社内のアクセサリーなどカー用品全般を扱うお店として事業を拡大した。
 良い車に乗ることが自慢となっていた時代は、ホイールやマフラー、オーディオやスピーカーなどで愛車を自分好みの空間に仕上げることも多かった。「車にお金を掛けていた時代。」とは当時を知るスタッフ。車からPCやスマホへと若者の投資対象が変遷する中、同社もカー用品店の新たな形態を模索する。
 平成12年、全国でも珍しい中古カー用品店『すてないで』の事業を開始。排気ガスや廃タイヤ等も関連する環境問題が注目されていた中、環境への優しさという視点を業務に取り入れた形だ。
 山梨にとって車は生活の必需品であり、今は1台を長く大切に乗る傾向。タイヤはもちろん、ライトやオイルなど車に不可欠な部品は常に用意するほか、リスク管理としてドライブレコーダーなどの需要も多いとのこと。まもなくタイヤ交換の時期。買い替えの際はお気軽にご来店を。
株式会社 ツルタ

山梨県西桂町小沼221-1 0555-25-3525
http://www.kk-tsuruta.jp/



2017年5月号
 初代の渡辺三造さんが、自分で栽培した大豆で豆富造りを始めたのが『角屋豆富店』の始まり。当時は戦後の食糧難の時代。村内でも豆富作りをする家庭は多かったと2代目の茂樹さんは振り返る。
 中央道が開通し、山中湖に別荘やペンションが増え始めるとともに豆富の注文も増加。商品も木綿豆富から柔らかな絹ごしが好まれるようになったとか。景気が下向きになり始めた20年前からは一般客への販売も視野に入れる。当時全国に道の駅が誕生したことをヒントに「豆ふの駅」というスタイルでお店作りを工夫。同時に「ごま豆富」「ゆず豆富」「豆乳入り寄せ豆富」など、味の種類も増やしていく。他にも、味を見てから購入してもらえるよう試食無料サービスも行っていることも特徴だ。
 現在は3代目の園子さんが中心となってお店を切り盛り。心掛けるのは、先代からの味を変えぬこと、地元の取引先には毎日配達をすること。そして同店は豆腐ではなく「豆富」。富士山の「富」が入った店名と商品名に恥じぬよう、地元のおいしい水でおいしい豆富を作り続けていく。
角屋豆富店

山梨県南都留郡忍野村内野556 0555-84-2127
営業時間8:00〜18:00



2017年6月号
 創業時はパンがメイン。現代表小佐野直人さんが、商品をケーキへとシフトさせて現在に至るのが『パティスリー木村屋』である。 小佐野代表が当初よりお店に出したかったのがジェラート。設備の都合で実現できなかったこの思いが、平成8年に誕生した姉妹店『ラ・ヴェルデュール』により実現する。この姉妹店でジェラートの味を守るのは小佐野代表の奥様せつ子さん。「ロスを出すな。」「材料は惜しむな。」というプレッシャー?を受けつつも、自身もケーキ屋で修行した経験を活かして楽しむことに。
 試作したジェラートは数百種類以上。時には小佐野代表のフォローも受けながらの20年。「やるっきゃない!」という割り切りで走ってきたとか。まだ迷いがあった開店5年後の頃、柔道着の男の子に「おばちゃんのアイスが世界一おいしい。」と言われた言葉が今でも一番の思い出だ。
 来店した方の顔はなるべく覚える。「店は常連さんに支えられている。」と考えるから、二度目の来店時には言葉のかけ方を工夫する。来ることを楽しんでもらえるお店であり続けることが目標だ。
ラ・ヴェルデュール木村屋

山梨県南都留郡富士河口湖町船津2547-1
TEL0555-73-1511

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